未来へ繋がることばたち。ときどきブログ
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政権交代しましたねー。
なんということでしょう~(某TV番組調 笑)
さて・・・私がちょっと気になっているのは
「マニフェスト」
この言葉です。
マニフェスト、という言葉が出てきたのは確か1999年の統一地方選挙あたりだったと思うのですが
日本語の「公約」をアバウトにしたような感じがして好きではありません。
訳語としては「選挙公約」ですが、なんとなく、「約束事項」というより
「計画書」「予定表」みたいに感じてしまいます^^;
何が言いたいかというと・・・
国民に対して、選挙の時だけいいことばかりマニフェストに掲げておきながら、
いざ実現が難しいと悟るや簡単に方針を変えてしまうのでは?ということです。
まるで「『約束』じゃありませんから」と言わんばかりに。
国民に約束したことなら、それが実現できるように
精一杯模索するのが当たり前だと思うのです。
目指す先を変えてしまうのは単なる逃げではないでしょうか?
今回政権を獲得した政党も今は勝利の美酒に酔いしれているかもしれませんが
本当の勝負はここからです、
国民が納得のいく姿勢をどこまで貫けるか。
それを監視し続ける約束を、国民も政治に対してすべきだと思います。
「選んだ人がやってくれるだろう」という任せっぱなし状態では
とても運営に関わっているとは言えません。
「政治的無関心」という言葉はもう古いでしょうが、現状も対して変わっていないように感じます。
とくに若い世代。
ある評論家によると、若者は高齢者よりも政治の知識はあるにもかかわらず
興味がないことには行動しないという特徴があり、
それが若者の投票率の低さに表れているのだそうです。
ある意味、興味(もう『危機感』と言ってもいいくらいですが)を持たずに済む環境を
与えられてきた、ということなのでしょうね。羨ましい限りです。
私は、自分の生きる世界は自分で作りたい。
だから
「政治を監視し続け、必ず投票に行く」
これを(個人的ですが)「国民としての公約」として生涯掲げて参ります!!!
っと、なんだかまた演説みたいになってしまいましたが・・・
今回の選挙で多数の政党のマニュフェストを見て、
国民の政治に対する義務について考えさせられたので記事にしておきます。
皆さんのご意見もお聞かせくだされば幸甚です。
なんということでしょう~(某TV番組調 笑)
さて・・・私がちょっと気になっているのは
「マニフェスト」
この言葉です。
マニフェスト、という言葉が出てきたのは確か1999年の統一地方選挙あたりだったと思うのですが
日本語の「公約」をアバウトにしたような感じがして好きではありません。
訳語としては「選挙公約」ですが、なんとなく、「約束事項」というより
「計画書」「予定表」みたいに感じてしまいます^^;
何が言いたいかというと・・・
国民に対して、選挙の時だけいいことばかりマニフェストに掲げておきながら、
いざ実現が難しいと悟るや簡単に方針を変えてしまうのでは?ということです。
まるで「『約束』じゃありませんから」と言わんばかりに。
国民に約束したことなら、それが実現できるように
精一杯模索するのが当たり前だと思うのです。
目指す先を変えてしまうのは単なる逃げではないでしょうか?
今回政権を獲得した政党も今は勝利の美酒に酔いしれているかもしれませんが
本当の勝負はここからです、
国民が納得のいく姿勢をどこまで貫けるか。
それを監視し続ける約束を、国民も政治に対してすべきだと思います。
「選んだ人がやってくれるだろう」という任せっぱなし状態では
とても運営に関わっているとは言えません。
「政治的無関心」という言葉はもう古いでしょうが、現状も対して変わっていないように感じます。
とくに若い世代。
ある評論家によると、若者は高齢者よりも政治の知識はあるにもかかわらず
興味がないことには行動しないという特徴があり、
それが若者の投票率の低さに表れているのだそうです。
ある意味、興味(もう『危機感』と言ってもいいくらいですが)を持たずに済む環境を
与えられてきた、ということなのでしょうね。羨ましい限りです。
私は、自分の生きる世界は自分で作りたい。
だから
「政治を監視し続け、必ず投票に行く」
これを(個人的ですが)「国民としての公約」として生涯掲げて参ります!!!
っと、なんだかまた演説みたいになってしまいましたが・・・
今回の選挙で多数の政党のマニュフェストを見て、
国民の政治に対する義務について考えさせられたので記事にしておきます。
皆さんのご意見もお聞かせくだされば幸甚です。
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マニフェスト
公約ではありますが・・・一つ守れば・・・今までの何かが、一つ無くなったりしたり・・・国民全てが納得できる結果にはならないと思います。
その全ては、今まで歩んできた国政の積み重ね・・・1年2年で・・・腐ったものじゃなくて、長年少しずつ積みあがって出来た今なのだから。。。
でも、ひらめく焔 さんみたく
政治に感心をもって、選挙に行き選ぶ事が
日本を変える一歩なのかもしれません
ほんの少しずつでも、この世の中は変って行くのだと思います。
未来は、1人1人の行動で・・・作りあげられる。。。そう信じましょ♪
その全ては、今まで歩んできた国政の積み重ね・・・1年2年で・・・腐ったものじゃなくて、長年少しずつ積みあがって出来た今なのだから。。。
でも、ひらめく焔 さんみたく
政治に感心をもって、選挙に行き選ぶ事が
日本を変える一歩なのかもしれません
ほんの少しずつでも、この世の中は変って行くのだと思います。
未来は、1人1人の行動で・・・作りあげられる。。。そう信じましょ♪
無題
tosi様
コメントありがとうございます。
おっしゃる通り、色々な国民が選んできた国政ですから、納得できた国民もいればできない国民もいたのは確かだと思います。
でも、国政はより多くの国民が支持する政策から取り組まれるのが普通です。
それはつまり、政策を支持する「多数派」の意見が優先されるということです。
どんなに素晴らしい政策でも、それが「少数派」でしかない場合、それが実行される可能性は低くなります。
「投票に行く」という行為は極端な話、少数派をいかに多数派にするかということになると思うのです。そのための一票を放棄してしまうというのは非常にもったいないことだと感じてしまいます。
日本を変えるとか、大げさなことではなく、レールのポイントを切り替えるような感覚でもいいと思います。ほんの少しずつ力を出し合う、それだけで行く先(未来)は大きく変えられるのですから…^^
コメントありがとうございます。
おっしゃる通り、色々な国民が選んできた国政ですから、納得できた国民もいればできない国民もいたのは確かだと思います。
でも、国政はより多くの国民が支持する政策から取り組まれるのが普通です。
それはつまり、政策を支持する「多数派」の意見が優先されるということです。
どんなに素晴らしい政策でも、それが「少数派」でしかない場合、それが実行される可能性は低くなります。
「投票に行く」という行為は極端な話、少数派をいかに多数派にするかということになると思うのです。そのための一票を放棄してしまうというのは非常にもったいないことだと感じてしまいます。
日本を変えるとか、大げさなことではなく、レールのポイントを切り替えるような感覚でもいいと思います。ほんの少しずつ力を出し合う、それだけで行く先(未来)は大きく変えられるのですから…^^