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未来へ繋がることばたち。ときどきブログ
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東北関東大震災から3週間が過ぎました。
自粛モードもだんだん落ち着きはじめ、「やっぱり頑張らなくちゃ」という意識が
ゆっくりと広がっているようです。

ただ、こういった中でよく耳にするのが
タイトルの「私よりもっと辛い人がいるんだから」
という言葉です。

この言葉、どうも好きになれません。
好きになれないというか、心が素直に納得できないのです。

昔の差別にもありましたが、(全く不合理な理由で)自分よりも低い身分を与えられたを人々に対して
「それよりはまし」と踏ん張ってきた人々の気持と、似たような印象を受けるからかもしれません。
巧妙に(一見正当に)隠された優越感のような感情です。

なぜ、人と比べなければ頑張ろうという気になれないのでしょう。
自分の心から嘘偽りなく頑張ろう、立ち上がろうと思えるようになるまで、
頑張らなくてもいいではありませんか?
人と比べなければ自分の心が壊れてしまいそうだと言うのなら、
壊れそうなほど傷ついている自分の心を、まずは癒えるまで大事に守って欲しいと思います。
そうでなければ、「自分よりも大変な目に逢っていてもなお頑張ろうとしている人」の気持さえくじけさせてしまうことになりかねません。

多くの人が、震災で傷ついています。
被災地近くの人は毎日の暮らし、これからの暮らしのことに。
被災地から遠くの人は、被災者の傍にかけつけられないこと、できる協力がわずかしか無いことに。
その苦しみの大小を比べることに、意味などありはしないと思います。

「頑張りたいから頑張る!」
これで、いいじゃありませんか^^
みなさんは、どう思いますか?
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 今日、知人のブログを見ると面白いことが書いてありました。

「勢いだけで文章が書けなくなった」と。



「勢いだけで書く文章」の良い・悪いの話をしたいわけではありません。

ただ、そういう文章って良くも悪くも即興演奏に似ているなぁと感じたので。

即興演奏は、その場で感じたことを楽器を通して表現しますが、

思いのままに綴られた文章も、方法が違うだけで同じものなのかも、と思いました。



誰かに聞いてもらうための『よそいき』の表現も、

もしかしたら、日常で反射的に返す言葉さえも

即興演奏なのかも。

そんな風に考えると、私は普段、ことばでどんな演奏をしているのだろうと

考えてみたくなりました。

できることなら、聞いてくれる人に

穏やかな気持で居てもらえるような演奏を

心がけたいと思います。


太陽を目指す気持で

目的地、エベレストの頂上へ

悠然と降り立とう
先日、車を運転していたら

道路の脇のお地蔵様に手を合わせているおじいちゃんを見かけました。

結構狭い道路で、車もバンバン通っているような交差点だったのですが

そのおじいちゃんのところだけ、なんだか別の空間ができているように見えて

少しほっこりした気持になりました。




口をむにゃむにゃ動かしていたので何かを唱えていたのだと思いますが

目を閉じて 手を合わせて 頭を垂れているその様子は

何とも言えない懐かしさを感じさせてくれました。




私は神を信じるわけでも、願いを星に託すこともしませんが・・・

人の祈る姿に

ちからを感じます。

さっき、金曜ロードショーで「プラダを着た悪魔」を観ました。

夢を追うことで得るもの、失うもの、
取り戻すもの、気づくもの、決断すること、自分を知ること・・・

いろんなシーンで自分と重なる部分がありましたし、
今、私自身が自分の立ち位置をつかみ切れていないこともあって、
とても考えさせられる映画でした。

このモヤモヤした気持ちの出所を、探り当てなくちゃ・・・と
体が感じているようです。


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